冷蔵技術が生まれる前、江戸前鮨とはすなわち保存の技だった。魚を締め、 漬け、煮て、押すことで、屋台でも安全に食べられるようにする。弁天山 美家古寿司は、握り鮨そのものを考案したとされる華屋与兵衛の系譜を継ぎ、 その最初の店が開いた寺の鐘楼のかたわらで、1866年からこの本来の正統を 供してきた。鮨の歴史に通じた五代目は、にやりと笑ってこう言う。「今は 生が流行りでしょう。うちの鮨は時代遅れなんです」。六代目(血縁ではなく 一番弟子)は、あえてその姿を守り続けている。
何を食べるか
酢で締めた小肌、醤油に漬けた鮪、代々受け継がれたタレで煮て艶を重ねた穴子、 煮蛤、昔ながらの手法で仕込んだ烏賊、海老のすり身を巻き込んだ玉子焼き。 コースは木の下駄に数貫ずつ運ばれてくる。日本を代表する食の漫画『美味しんぼ』 は五代目を常連キャラクターとして登場させ、作者は空港からまっすぐこの店へ 向かうと言われている。
のれんの視点
東京では誰もが「新鮮な」鮨を食べる。だが《江戸》鮨を食べる者はほとんど いない — 冷蔵庫ではなく二世紀分の技を宿した鮨を。それを浅草寺から徒歩二分、 日曜午後も営む十六席の家庭的な一室で味わえる。浅草でもっとも敷居の低い、 それでいて深遠な一食である。
こんな方に
歴史の奥深い一皿を味わう覚悟のある鮨好き。寺と鐘楼、そしてその傍らで 生まれた料理を、ひとつの午後にまとめて堪能したい浅草の散策者に。



