1868年に武士の身分が廃されたとき、渡辺大助という一人の元藩士は生業を必要としていた。ある歌舞伎役者が鴨を勧めた。彼が1872年、両国橋のたもとに興したこの店は、それ以来ただ一つのコースだけを供し続けてきた。合鴨(マガモを掛け合わせた鴨)を炭火の上の鉄鍋で焼き、甘いタレではなく、大根おろしと醤油でいただく ― もはやほとんどどこも覚えていない流儀で。
いただくもの
皮つきの厚切り胸肉に、レバー、砂肝、ハツと続く ― 一羽まるごとを味わう趣向で、着物姿の仲居がすべてあなたの個室の卓で焼き、取り分けてくれる。野菜は鴨の脂で炒められる。締めは、この店の静かなる傑作 ― 先に焼いたすべての滴りが残る、その同じ鉄鍋で炒める飯だ。谷崎潤一郎や小津安二郎もここで食した。陶芸家の十三代中里太郎右衛門はこの店をこよなく愛し、一家は彼のために座敷を一室とっておいたほどだった。
暖簾からの視点
東京には、もっと手早い夕食も、もっと名の知れた店もある。だが、たった一品を一世紀半のあいだ夜ごと磨き上げてきた部屋は、ほかにない ― そして最後の炒め飯は、日本じゅうのどんな「残りもの」から生まれたものよりも旨いかもしれない。
こんな方へ
両国(相撲部屋、江戸の博物館界隈、夕暮れの隅田川)を軸に一夜を組み立てるなら、あるいは一品だけの品書きこそ最も深い自信の表れだと解する方なら、ぜひ足を運んでほしい。



