広重の『東海道五十三次』の「神奈川」の一枚を開いてみてほしい。湾を見下ろす 高台に、茶屋が軒を連ねている。その上から三軒目がこの店である。1863年に料亭 として建て直され、以来同じ一族が営み続けてきた田中家は、旧神奈川宿に残る 最後の一軒であり、幕末の英雄・坂本龍馬の妻お龍が、1870年代に仲居として 働いた場所でもある。政治家・勝海舟の紹介によるもので、お龍は月琴と英語で 外国からの客をもてなしたという。
お召し上がりいただくもの
専属の仲居がつく畳の個室で味わう月替わりの懐石。そして季節には、常連客が この店を予約する目当てとなる名物 — 締めに雑炊で仕上げる鰻の小鍋、すっぽん、 冬の天然クエ。五代目の女将は今も写真を手に各部屋を回り、自ら当家の歴史を 語ってくれる。ご予約時にお申し付けいただければ、当家は横浜芸者を手配する — 夕餉の席でこの文化を体験できる、この地方でも数少ない場所のひとつである。
のれんの見立て
東京に残る料亭の多くは、一見客には門を閉ざしている。田中家は、紹介者なしで 新しい客を迎え入れてくれる稀有な一軒だ — それでいて、日本屈指の混雑を誇る駅 から徒歩七分にありながら、この店を耳にした海外の旅行者はほとんどいない。 浮世絵を目当てに訪れ、女将の語りに時を忘れてほしい。
こんな方へ
歴史を巡る旅人、京都の敷居の高さを抜きにして芸者の座敷を楽しみたい方、そして 主役となる一皿を必要とする横浜の夜に — 黄昏の港、そしてその上に続く旧街道での 夕餉を。



