1970年11月24日の夕刻、三島由紀夫は末げんの奥座敷に四人の同志を集め、 「わ」— 円を意味する — と名づけられた鶏鍋のコースを注文した。 翌日、彼は自らの手で世を去り、戦後文学史上もっとも悪名高い事件となった。 そして、この静かな新橋の割烹 — カウンターを持たず、すべてを個室で 供する店 — の予約帳は文学史の一頁となった。1909年に暖簾を掲げて以来、 その時すでに六十年、歴代の総理大臣や歌舞伎役者をもてなしてきた店である。 今やその鶏料理は優に一世紀を超えて供され続けている。記録として付せば、 事件の報が流れたあと、その座敷は半年先まで埋まった。
味わうもの
夜の軸は今も「わ」のコース、¥9,900より。1909年以来変わらぬ製法でとる 鶏骨の出汁で炊いた鶏鍋へと至る献立である。昼のかま定食は 親子丼 — この店の縮図だ。奥久慈しゃもと東京しゃも(歯応えと滋味のために 育てられた軍鶏系の地鶏)を鴨とともに挽き、半熟の卵にとじて¥1,650。 上と下の振れ幅こそが眼目で、同じ鶏と同じ出汁が、¥9,900の鍋と、 新橋の勤め人が昼に列をなす丼の両方を支えている。
予約の実際
予約は電話のみ — 03-3591-6214、日本語で。コースは席上ではなく 予約時に決めておく必要がある。ふらりと座れるカウンターは存在しない。 35席すべてが四つの個室(掘りごたつ4名、座敷7名と12名、テーブル席12名) に収まっているため、予約なしの夜には座る場所がないのだ。例外は昼 — 予約不要だが、正午前後は行列を見込むこと。日曜・祝日は休み、 土曜は営業が不定 — まさに確認の電話一本が拾い上げる類の情報である。 当店のデスクはこのための存在だ。日本語の電話一本で、部屋とコースと 日取りが決まる — ご希望なら、あの八畳間についても。
こんな方に
読書家に — 『豊饒の海』を読み終えた者は、誰しもこの晩餐を自らに 贈るべきだ。そして、料亭の値段を払うことなく、銀座から二分の 座敷の個室を囲みたい4〜12名の一団に。



