コース料理としての焼き鳥は、ここで形になった。伊勢廣は1921年、鶏肉店として 始まり、創業者の妻が四席のカウンターで常連のために串を焼き始めた。それから 一世紀、星野家の三代目はいまも毎朝一羽まるごとの雌鶏を捌き、一羽をおよそ 十二の演目からなる流れとして供する。わさびを添えたささみ。戦後の再開以来 継ぎ足しを絶やしていないタレのレバー。砂肝。この店が生み出した、腿肉で葱を 巻くねぎまき。つなぎを使わず技だけで結び上げたつくね(一つひとつが前の 一つと二グラムと違わない)。そして締めの鶏スープ。仕入れ先は百年間一度も 変えていない、と一家は語る。建物そのものが自らの煙を逃がすよう設計されて おり、三フロアのカウンターが備長炭 — 高温でほぼ無臭に燃える白炭 — で焼き 続けても、部屋が煙ることはない。
何を食べるか
コースは一羽を順に食べ進める構成であり、それこそが眼目だ。ここでの焼き鳥は 酒の肴ではなく、きちんと育てられた一羽の鶏のなかに一夜の食事に足るだけの 食感の幅がある、という主張である。最初の串の刺身に近い柔らかさから、皮の ゼラチン、内臓のミネラルの深みまで。ディナーは¥8,000〜10,000 — 電話抽選を 勝ち抜く東京の人気カウンターのおよそ半額 — で、昼には同じ炭火から生まれる 焼き鳥丼が¥1,800前後からある。
予約の現実
電話、日本語、そして電話だけ。伊勢廣は1921年から電話予約で営んでおり、 どの予約プラットフォームにも載っていない。夜の席は解禁日の争奪戦ではなく、 常識的な計画の範囲で埋まっていく。しかし海外からは、この壁は絶対だ — クリックするものが何もない。ランチは予約を一切受けない。並ぶのだ。行列は 正午前から始まる。日本の営業時間内にかける日本語の電話一本がすべての 解決策であり、それこそが当デスクのかける電話である。
こんな方に
東京駅で到着・出発する方(近さはいっそ反則級だ)、2ブロック先のアーティゾン 美術館を出たばかりの方、そして焼き鳥を、始まりと中盤と終わりのある一つの 料理として — 一羽の鶏から、順を追って — 理解したい方に。



