1923年の震災の火が焼き払い、その後の戦火は免れた神田の一角。1930年に建て直された黒い木造の家 — 現在は東京都選定歴史的建造物 — が供するのは、ただ一つ。深海魚のあんこうを、1830年から作り続けてきた甘辛い割り下の鍋で。いせ源は都内に最後に残ったあんこう専門店であり、提灯の灯るその店構えは、いまも毎日使われている戦前の食の風景として、都内で最もよく保存された一枚である。
いただくもの
あんこうは吊るし切り — 身が柔らかくぬめりが強く、まな板ではさばけないため、鉤に吊るして宙でおろす伝統の技 — で仕込まれ、締まった身、絹のような皮、軟骨、そして海のフォアグラと呼ばれる肝、あん肝まで、一尾を余さず鍋に供される。11月から3月まではあんこう一本、4月から10月は値段も軽やかな季節の献立に替わる。広間は入れ込み — 見知らぬ客どうしが隣り合う江戸流の相席の大座敷 — で、椅子席と個室は席料ではなく定額の確約料で用意される。
予約の実際
仕組みは正直だが、独特だ。電話 — 日本語のみ — の受付は11時から21時。一部の席は日本語の予約サイトにも開放され、変更・キャンセルは前日まで。過ぎればコース料金の半額がかかる。本当の制約は暦のほうにある。この店の存在理由である鍋は11月から3月の料理であり、四か月分の需要が120席の広間に圧縮される。冬の良い晩から先に埋まっていく。そして入れ込み座敷か椅子個室か、確約料、9名以上の相談 — フォームでは決めきれない事柄は、日本語の電話でしか片づかない。その五分間の交渉こそ、当デスクの仕事である。
こんなときに
冬の訪問のために、冬の計画として。寒い月は早めに押さえ、締めの雑炊まで含めた鍋を頼み、二晩に分けて隣の炭火の鶏すき焼き、ぼたんと組み合わせる — 戦前の東京の食文化がもっともよく保存された一角を、余すことなく。



