幕末、駿河から一人の武士が江戸へ下り、屋台の天ぷら揚げから身を起こした。1870年(明治3年)にはその一家が浅草に店を構え、以来ずっとこの地に在り続けている — 震災と戦火に二度焼かれ、二度建て直し、いまや五代目。永井荷風はこの店を小説に書き、池波正太郎は幼い頃に祖父に連れられてここへ来た。店構えの奥には、通りすがりの誰もが思いもよらぬものが隠れている。数寄屋造りの座敷に囲まれた、中庭の鯉の池だ。
味わうもの
ごま油で揚げる江戸前の天ぷらを、店に伝わる輪島塗の箱に盛って供する。名物は雷神揚げ — 芝海老と貝柱を丸く盛り上げた「雷神のかき揚げ」で、雷門の太鼓にちなんで名づけられた。その揚げの技は一代につきただ一人の跡取りにのみ受け継がれ、文字には一切残されていない。庭の座敷でコースの主役として、あるいは普段のテーブル席で丼に仕立てて味わうことができる。
暖簾からの一言
浅草の目抜き通りは観光客向けの天ぷら屋がひしめく難所。そのわずか四十メートル先に、本物の中清はひっそりと佇む。狙うべきは座敷だ。東京の中級ディナー程度の値で、池があり、庭があり、150年の秘伝を宿した一品が味わえる。浅草寺界隈のもっとも品格ある姿を求めるお客様を、私たちはここへお連れする。
こんな方へ
昼食を格上げしたい浅草の日帰り客。荷風の東京を辿る文学好き。祝いの席を設ける家族連れ — この店は幾代にもわたって子どもの祝い事を迎えてきた。



