幕末、駿河から一人の武士が江戸へ下り、屋台の天ぷら揚げから身を起こした。1870年(明治3年)にはその一家が浅草に店を構え、以来ずっとこの地に在り続けている — 1923年の震災に焼かれ、戦火にまた焼かれ、二度建て直して、いまや五代目。永井荷風はこの店を小説に書き、江戸を書き続けた池波正太郎は幼い頃に祖父に連れられてここへ来た。店構えの奥には、通りすがりの誰もが思いもよらぬものが隠れている。数寄屋造り — 木と紙の抑制された茶室建築 — の座敷に囲まれた、中庭の鯉の池だ。
味わうもの
ごま油で揚げる江戸前の天ぷら — 淡白なサラダ油の白い揚げよりも色濃く、香ばしく仕上がる東京の古い流儀 — を、店に伝わる輪島塗の箱に盛って供する。名物は雷神揚げ。芝海老と貝柱を丸く盛り上げたかき揚げで、数本先の雷門の太鼓にちなんで名づけられた。その揚げの技は一代につきただ一人の跡取りにのみ受け継がれ、文字には一切残されていない。庭の座敷でコースの主役として、あるいは普段のテーブル席で丼に仕立てて。
予約の実際
この店は二つの仕組みを並走させている。広間の60席は一切の予約を取らない。地元の人と同じように並ぶ — 平日の昼なら短い待ち時間だ。池を囲む庭の座敷6室は4名から16名、コースのみの予約(¥8,800〜22,000、別途サービス料10%)で、受付は主に店の日本語の電話。一部の席は国内の予約サイトにも出るが、座敷そのもの、そしてお祝いの趣旨や献立、お子様連れの相談は、すべて電話越しに交わされる。火・水曜は休み、週末は11:30からの通し営業。その日本語の電話を、コースの中身まで詰めたうえでかけること — それこそが当デスクの仕事であり、並んで指さす昼食が、池のほとりの自分たちだけの座敷に変わる。
こんな方へ
昼食を格上げしたい浅草の日帰り客。荷風の東京を辿る文学好き。祝いの席を設ける家族連れ — この店は幾代にもわたって子どもの祝い事を迎えてきたのであり、個室はまさにそのためにある。



