店名の意味は「壺の中の世界」。小さな壺の中に理想郷が広がっていたという、中国の隠者にまつわる古い故事に由来します。まさに言い得て妙。岩本光治氏は多感な修業時代を、現代の懐石の規範をつくった京都の名門・嵐山吉兆で、創業者・湯木貞一のもとで過ごしました。1985年、氏は徳島の山あいを流れる川沿いの村・佐那河内へ帰郷。生家の古い宿を建て直し、以来四十年にわたり、園瀬川のほとりで吉兆の教えをその本質へと磨き上げてきました。
お召し上がりいただくもの
氏の信条は「出過ぎない美味しさ」。昆布と塩で仕立てた出汁、醤油は一滴ずつ——その簡潔さを、評論家は水墨画になぞらえます。板場の力量が問われる椀物は、澄みきった響きのある出汁に浮かぶ蟹真薯。常連客が全国から足を運ぶ一品です。夏には、川ごとの味の違いを見分けるほどの主人がみずから釣り上げた鮎。自らの手で釣った天然の鰻は、締めの茶飯へと姿を変えます。秋は松茸、冬は山の鹿肉。ゴ・エ・ミヨでは五年連続で三つのトック(コック帽)を保ち続けています。
予約の実際
仕組みは厳格で、しかし単純です。予約は電話で、日本語で、遅くとも前日までに。そして全員が一斉に始めます——昼は12:00、夜は18:00、それぞれ一回転のみ、一晩におよそ三組が個室で。遅れて着けば、食事はあなたを置いて進みます。もっとも、予約は容易な半分にすぎません。佐那河内には電車も、あてにできるバスも、タクシー乗り場もなく、店は徳島市から車で30〜40分。本当に手配が要るのは運転手と、飛行機に合わせた時間の設計、そして日取り・コース・食事制限をひと息に決める日本語の電話一本——まさに私どものデスクが組み立てる一式です。
こんな方に
京都懐石の名品を味わい尽くし、その継承者の一人が自らの山を舞台に何を成すのかを口にしてみたい方に。窓の外には川。鳴門の渦潮、祖谷のかずら橋、「ジャパンブルー」の藍染め工房が、食事の前後の旅を彩ります。



