東北の日本海側に位置する鶴岡は、日本で初めてユネスコ食文化創造都市に 認定された地。数世紀を経たものも含め、60種を超える在来野菜が今なお その名とともに育てられている農の町だ。この事実を世界に知らしめた最大の 立役者が奥田政行氏である。二十代で故郷に戻り、2000年にアル・ケッチァーノを 開き、以来二十年をかけて、これらの野菜がどんなイタリア産の食材とも 同じ舞台に立つ資格をもつことを証明し続けてきた。2022年には、霊峰・月山を 望む二千坪の農地に店を建て直した。屋根には角度がつけられ、満月の夜には 月明かりが晩餐を照らす。
食べるもの
奥田氏の「三つの法則」— 一皿に載せる要素は三つまで。重いソースではなく 火と塩で味を決め、野菜そのものに語らせる。だだちゃ豆を香ばしく焼いて 赤海老のリゾットに混ぜ込み、苦みのある藤島きゅうりを持ち味へと変え、 鮎を茄子とともに焼き上げれば農家の記憶のような一皿になる。イタリア料理と して読み取れながら、彼の言葉を借りれば、まっすぐ日本人の遺伝子に届く。
なぜ誰も教えてくれなかったのか
鶴岡までたどり着く海外の旅行者はほとんどいない。そして訪れた者は皆、 なぜ誰も教えてくれなかったのかと問う。これはデスティネーション・レストラン という発想の、もっとも純粋なかたち。しかもその価格は、東京に慣れた者には 誤植に見えるほどだ。
周囲の土地
旅程はおのずと描かれる。坂茂設計、田園に浮かぶホテル「スイデンテラス」に 泊まり、国宝の五重塔を過ぎて羽黒山の2,446段の石段を登り、宿坊で精進料理を いただき、加茂の世界一のクラゲ水族館を訪ねる。夏はだだちゃ豆と岩牡蠣、 秋は実りの季節、冬は鱈鍋の季節だ。
どんな人に
この言葉が使い古される前から「農場から食卓へ」の理念を愛してきた人へ。 そして新潟・庄内・秋田と日本海沿いのルートを組み、その決定版といえる 一食を求める旅人へ。



