東北の日本海側に位置する鶴岡は、日本で初めてユネスコ食文化創造都市に認定された地。数世紀を経たものも含め、60種を超える在来野菜が今なおその名とともに育てられている農の町だ。この事実を世界に知らしめた最大の立役者が奥田政行氏である。二十代で故郷に戻り、2000年にアル・ケッチァーノを開き、以来二十年をかけて、これらの野菜がどんなイタリア産の食材とも同じ舞台に立つ資格をもつことを証明し続けてきた。2022年には、出羽三山の霊峰・月山を望む二千坪の農地に店を建て直した。屋根には角度がつけられ、満月の夜には照明を落とし、月明かりが晩餐を照らす。
食べるもの
奥田氏の「三つの法則」— 一皿に載せる要素は三つまで。重いソースではなく火と塩で味を決め、野菜そのものに語らせる。鶴岡固有の枝豆・だだちゃ豆を香ばしく焼いて赤海老のリゾットに混ぜ込み、苦みのある藤島のきゅうりを持ち味へと変え、鮎を茄子とともに焼き上げれば農家の記憶のような一皿になる。イタリア料理として読み取れながら、彼の言葉を借りれば、まっすぐ日本人の遺伝子に届く。ディナーコースは約¥8,800〜22,000——東京の相場に慣れた目には誤植に見える数字だ。
予約の現実
目的地となる名店のなかで、実際に予約が取れる稀有な一軒。公式サイトには空席をその場で検索できる予約フォームがあり、電話(0235-26-0609)は日本語で通じる。36席、月曜定休(祝日の場合は翌火曜)、月ごとのカレンダーはシェフの動きに合わせて変わる。本当の仕事は段取りだ——羽田・庄内間1時間のフライト、25分のドライブ、坂茂設計の田園に浮かぶホテル「スイデンテラス」の部屋。そしてタイミング——夏はだだちゃ豆と岩牡蠣、冬は鱈鍋の季節、叶うなら満月の夜を。日本語のカレンダーを読めるデスクなら、席と便と月をひと続きに揃えられる。
こんな人へ
「農場から食卓へ」という言葉が使い古される前から、その理念を愛してきた人へ。新潟・庄内・秋田と日本海沿いのルートを組み、その決定版といえる一食を求める人へ——そして翌朝、国宝の五重塔を過ぎて羽黒山の2,446段の石段を登れる人へ。



