すきやばし次郎は、地上でもっとも名高い鮨の名であり、多くの来訪者にとってはもっとも予約が難しい店でもある。喜ばしいのは、「次郎」がひとつのカウンターではなく、ひとつの流派 ― 弟子、息子、孫弟子へと連なる系譜であり、その幾人かは今や自らの名で名声を得ているという事実だ。ここでは、その一門図がどのように広がっているのか、そして本店に辿り着けない食い手をそれがどこへ導くのかを案内する。
次郎自身の原点
小野二郎(1925年生まれ)は、無から自らの作風を生み出したわけではない。彼は握りの名手・吉野末吉のもとで、銀座の創業期を担う名店「与志乃」にて修業を積んだ。1951年に入店し、1965年に独立、銀座の店舗を引き継いで自らのカウンターを「すきやばし次郎」と名付けた。
本店は2007年から三つ星を獲得し、2019年から2020年頃にガイドを離れるまでその星を保持した ― これは料理ではなく、一般予約を受け付けなくなったことに伴う変化だった。すきやばし次郎の予約ガイドでは、それが来訪者にとって何を意味するのかを解説している。
名を継ぐ支流
二郎は、幾人かの弟子に、自らのカウンターで「すきやばし次郎」の名を掲げることを許した。横浜、日本橋、豊洲、その他各地においてである。直系の家族のなかでは ―
- 銀座本店 ― 長男である二代目後継者が営む。
- 六本木店 ― 次男・小野隆士が2003年に開いた店で、ミシュラン二つ星を保持しており、はるかに敷居が低い。
弟子たちは、いまどこに
系譜が本当に息づいているのは、この広がりを持つ流派のなかにこそある。ひとつの店での長い修業 ― しばしば十年以上 ― がその真骨頂であり、それが独立したカウンターの連なりを生み出してきた。
- はる田 ― 髙橋は次郎で十年以上修業を積んだのち、銀座に自らの名高いカウンターを開いた(その道は、北海道に根を持つ「すし善」の流派にも触れている)。
- すし水谷 ― 名を継ぐ古参の弟子・水谷八郎が、引退するまで敬愛される東京のカウンターを営んだ。
- 鮨あを、鮨ますだ、鮨みずかみ ― いずれも本店で長年を過ごした職人たちが青山界隈に開いたカウンターで、幾つかは今やミシュランの星を得ている。
簡潔な系譜図を示すと ―
- 与志乃(吉野末吉)
- 小野二郎(すきやばし次郎)
- 小野禎一(銀座本店)
- 小野隆士(六本木)
- はる田、水谷、あを、ますだ、みずかみ、その他多数
- 小野二郎(すきやばし次郎)
この系譜があなたにとって意味するもの
本店の予約困難さは現実だが、それは道の終わりではない ― 予約可能な枝を数多く抱えた一本の樹の、その頂なのだ。次郎流のカウンターは、その技を源で学んだ職人による、同じく規律あり、小ぶりで、テンポの速い江戸前を、あなたに供してくれる。
これこそ、私どものデスクがゲストのために行う置き換えそのものだ。名高いあの店が閉ざされているとき、私たちは同じ手仕事を受け継ぐ兄弟のカウンターへとあなたをご案内する。ご希望の日程をお知らせいただければ、あなたに最も合う枝をお示しする。